〔新版〕
『カミング・バック・トゥ・ライフ
― 生命への回帰』
~つながりを取り戻すワークの手引き~
ジョアンナ・メイシー、モリー・ヤング・ブラウン 著
齊藤 由香 訳
ジョアンナ・メイシーの実践の集大成
生命持続型社会への大転換のためのワークブック
私たちが知っているのはこうだ。地球は人間のものではない。人間が地球のものなのだ。私たちが知っているのはこうだ。血液が家族をつなげるように、すべての物事はつながっている。すべてはつながっている。地球に降りかかるものはなんであれ、地球の息子にも降りかかる。人間が生命の織り物を紡ぐのではない。人間はその糸にすぎない。彼が織り物に対して為す行為は、自分自身に対して為す行為にほかならないのだ。
─付録A「シアトル首長のメッセージ」より
つながりを取り戻すワークの誕生には、仏教の教えに対するジョアンナの研鑽と実践、そしてシステム理論が大きな影響を与えている。ワークの狙いは、参加者が世界との新しい関係性を築き、大転換の一員となる力を養い、企業ルールによる支配から自らの人生を取り戻すことだ。生を選ぶために向き合わねばならない現代の課題、私たちを止(とど)まらせるものの正体、宇宙がもつ自己組織力への理解といったものの上に、このワークの理論が構築されている。
─第3章「ベーシック・ミラクル:私たちの本質と力」,第4章「つながりを取り戻すワークとは」より
成長指向型産業社会によって引き起こされる生命の織り物の大破綻と同じくらいリアルで、至るところでみられるこの現象は、より深いところで起きている惑星的性質を言い表しており、わたしたちの時代にあってさらに加速しています。この大転換が特定のアクションや成果という形で現れるのは間違いありません。しかし一方で、それはそもそも私たち一人ひとりのビジョンとコミットメントとして、私たちの内側に息づいているものです。
─ジョアンナ・メイシー「日本語版への序文」より
案内役としての私たちの責任とは何だろうか? 突き詰めて言えば、私たちの役割とは、参加者が自分の内側にある世界の痛みに気づき、すべての生きとし生けるものとの相互のつながりを理解し、大転換を起こすために必要な力を再発見してゆくための一連の過程を提供することだ。
─第5章「つながりを取り戻すワークをガイドするには」より
まさに子どもの時の「ごっこ遊び」を彷彿とさせるこれらのプラクティスは、道徳的想像力を養うと同時に、自己アイデンティティをエコロジカル・セルフにまで拡張してゆくことを促します。その結果「自己の範囲を拡張することを通して、私たちは利己心の境界をはるか遠くにまで押し広げ、生きることの喜びと意味を深めてゆく(第3章より)」ことになります。つまり、私たちの人生の質そのものが豊かになってゆくのです。
─齊藤由香「訳者あとがき」より
社会を癒すためには、私たちの魂もまた癒されねばならない。そうはいっても、現実が突きつける切羽詰まったニーズに追い回され、気楽にこなせる以上の仕事を背負い込む中で、魂を養うための時間やエネルギーを確保するのは容易なことではない。これまでジョアンナがワークショップで行ってきた7つの瞑想はどれも、毎日の生活の中で役立てることができる。
─第12章「大転換のための瞑想集」より
現在は日本およびアメリカで平和・環境・社会正義運動に積極的に関わるとともに、関連書籍および映像の日本語翻訳を行う。2011年より米国の仏教哲学者・社会活動家であるジョアンナ・メイシーに師事し、2014年以降彼女が生んだ「つながりを取り戻すワーク」のワークショップを日本で開催。社会や世界の痛みに対する気づきと行動をうながし、新しい世界観や価値観にもとづいたコミュニティ作りを目指している。
米国カリフォルニア州バークレー在住。
第一章 生を選ぶ
第二章 大いなる危機
第三章 ベーシック・ミラクル:私たちの本質と力(パワー)
第四章 つながりを取り戻すワークとは?
第五章 つながりを取り戻すワークをガイドするには
第六章 感謝から始める
第七章 世界への痛みを大切にする
第八章 新しい目で見る
第九章 ディープ・タイム
第十章 前へ進む
第十一章 子どもや10代の若者たちとのつながりを取り戻すワーク
第十二章 大転換(グレート・ターニング)のための瞑想集
第1章─ 生を選ぶ
この惑星時代において生を選ぶのは、壮大な冒険だ。至るところで人びとが気づきはじめているように、 この冒険はどんな軍事行動よりも大きな勇気と連帯感を私たちの内に燃え上がらせる。鮭の産卵のための 渓流回復に取り組む高校生から、空き地にコミュニティガーデンをつくる都市の住人たち、あるいはまた 先祖伝来の土地での石油採掘やパイプライン建設を阻止する先住民族の人びとから、ソーラー技術や浄水 技術を自分たちのコミュニティに導入しようとする村落の女性たちまで、数え切れないほどの人びとが、 団結し、学び、行動を起こしている。
生命を守り継ぐためのこうした多面的な人間の活動は、今日の新聞の見出しやニュース番組では取り上 げられないかもしれない。しかしこれから生まれてくる生命体にとって、私たちのこうした取り組み以上 に、彼らの命運を左右するものはない。なぜなら、彼らが生きられる世界がもしあるとすれば、それは私 たちがどうにかして成長指向型産業社会から生命持続型社会への転換を果たした場合以外にないからだ。 未来の人びとがこの歴史的瞬間を振り返る時、私たちの行動がいかに革命的だったかを、現代の私たちよ りもはっきりと認識するはずだ。そしてもしかしたらこの時代を指して、大転換(グレート・ターニング)の 時代と呼ぶかもしれない。
彼らはこの時代を新時代の幕開けとして認識するだろう。とはいえ、農業革命には数世紀、産業革命に は数世代という時間が費やされた一方で、この生態(エコロジカル)革命に与えられた時間的猶予はたかだ か何年間かしかない。またこの革命は意識にまでおよぶものでなければならず、つまりは、政治経済の変革だけでなく、それが育まれる土壌としての習慣、価値観、そして知性の変革までもが含まれる。
私たちの物語を選ぶ物語とは、私たちが私たちなりに捉えている現実のことであり、言い換えればレンズ、すなわち私たち がそれを通してこの世界を見たり、理解したりしているものだ。この物語は、往々にして意識されもしな ければ、疑問視されることもないため、私たちは、ただ自分たちの物語のみが唯一の現実だと思い込んで いる。
産業化された今日の世界において最も普及している物語は、三つに集約できるように思われる。ワーク ショップではこれら三つの物語を、いずれも現在において同時並行で起こっている物語として説明してい る。つまりどれもみな「本当」だということだ。私たちは、この中から自分が支持したいと思う物語、最 も広く最も有用な視点を与えてくれる物語を選ぶことができる。
1 これまで通り(ビジネス・アズ・ユージュアル)の物語は、成長指向型産業社会…(続く)…
ー 第1章:P.32-33より
第2章─ 大いなる危機
大転換は、私たちがこの世界に起こっている出来事に目を向け、それに心を動かされることの中に立ち 現れてくる。そこには必然的に危機の認識と対処行動が伴う。私たちは、多様な感覚を授けられた意識生 命体として、そもそも反応するように作られている。迫りくるトラックの進路からすぐさま飛びのき、火 事を見れば消火に走り、溺れる子どもを救うためにプールに飛び込む。この反応する能力(レスポンス・ア ビリティ)は、人類進化の全過程を通じて、生命に必要不可欠な特質なのだ。困難に順応し、新たな能力を開花させられるのは、この特質のおかげだ。ある集団や社会において、その構成員に十分な情報と行動選択の自由が与えられている限りは、それが存続し続けられるのもこの特質ゆえだ。危機への反応行動は、システム理論的にみれば、フィードバックが機能している状態を表している。ちなみにフィードバックとは、認知を行動につなげる情報回路を意味しており、適切な反応が起こるか否かは、フィードバック・ループの開放度にかかっている。
とはいえ、現在地球上の全生命が直面している危機は、空前絶後の規模であるばかりか、過去に類を見ないものであるため、ちょっとやそっとではとりつくことすら難しい。本来なら私たちの注意を引きつけ、血を沸き立たせ、集団的行動への結束を促すはずの危険信号は、裏目の反応を引き起こしがちだ。つまりこの危険信号のせいで、私たちはかえってブラインドを下ろし、雑事で自分たちを忙殺してしまおうとするのだ。気晴らしに対する私たちの欲求は一〇億ドル産業を支えており、それは私たちの耳元に、この車やあのデオドラントを買い続ける限り何も心配することはない、というメッセージを吹き込んでいる。私たちは、殺虫剤、ホルモン、遺伝子操作にはお構いなしに、工場畜産による肉やアグリビジネスによって栽培された作物を口にする。どこで作られているのかなど気にもとめず服を買い、もしかしたらそれが劣悪な条件下で人びとを働かせる工場からきているのかもしれない、などという考えは、頭をよぎらないようにする。わざわざ投票になど行かないし、行ったとしても、どうせこれらの候補者たちも問題の核心に取り組んだりはしないだろうと半ば諦めつつ、それでも心のどこかで、もしかしたら今度こそは過去とは違い、候補者たちが突然目覚め、私たちを救うために大胆な行動を起こしてくれるかもしれない、などはかなと儚い望みをかけながら投票するにすぎない。これは私たちの社会が冷淡で虚無的になってしまったということなのだろうか? この社会は、地球上の生命に何が起ころうとも、もはや気にもかけなくなってしまったということなのだろうか?
そんな風に見えなくもない。改革者や革命家たちは、大衆の無関心を槍玉に挙げる。彼らは、一般大衆は世界の苦境など何も分かっていないとでもいうように、人びとを立ち上がらせようと、ますますもって恐ろしい情報を発信する。あるいは、人びとはこれまで見て見ぬフリを決め込んでいたとでもいうように、道徳的義務について説教を垂れる。こうした警鐘や説教は、事態をあまりに圧倒的、あまりに複雑、あまりに手強くて手も足も出ないもののように映し出すため、人びとの心の中に抵抗感を生み出し、そのかたく 結果、一層頑なに扉を閉ざさせてしまう。
となれば、敬意と思いやりをもってこの無関心を理解するために、まずはその無関心(Apathy)について 考えてみよう。アパシー(apathy)の語源であるアパテイア(apatheia)は、ギリシャ語で、「苦しまない」と いう意味だ。この語源を踏まえると、無関心とは、痛みを経験する能力がないこと、もしくは痛みの経験 の拒否だといえる。では、今の地球時間において、私たちが感じている痛み、あるいは必死になって感じ ないようにしている痛みの正体とは何だろう? それは古代ギリシャ人たちが知り得た痛みとは全くもっ て別次元の痛みだ。そこには富、健康、名声や愛するものの欠如だけではなく、想像を絶する規模の何か しらの喪失が関わっている。そう、それは世界の痛みだ。
世界の痛みとは?
ニュースや身の回りの出来事は、苦痛のメッセージで私たちを攻め立てる。失業、ホームレスの家族、身近にある有毒廃棄物、遠方の飢饉、ますます破壊力を増すハリケーン、洪水、干ばつ、拡大の一途を辿る軍事攻撃。誰もあえて口にしないとしても、こうした出来事は私たちの中の恐れ、悲しみ、怒りの感情を揺さぶっている。こうした深い反応が湧き上がってくるのは、……
ー 第2章:P.54-56より
第5章─つながりを取り戻すワークをガイドするには
“歴史上、私たちの運命がこれほどまでに絡み合っていたことはかつてなかった。私たちが直面している危機はあまりにも大きく複雑で、自分一人では適切に対処するどころか、それを理解することすら難しい。“
私たちが運命共同体であるという事実には、途方もなく大きな意味合いが含まれている。それは、心を開いて謙虚な姿勢でともに危機に向き合う中で、互いのつながりと行動力を再発見することを意味しているのだ。
これが「つながりを取り戻すワーク」に集う人びとの経験だ。このワークの効果については、システム理論、心理学、霊的な教えなどの観点から説明できる。とはいえ、このワークが持つ変容力の底力は、これがグループで経験された時にこそ発揮される。
グループワークのメリット
ワークショップは焦点を絞り、集中するための時間を提供する。
私たちが直面する地球規模の危機は、あまりに広範囲かつ凄まじく、現実とはまるでかけ離れているようにすら見える。そのため、慌ただしく過ぎる毎日の中でそれについて話すとしても、じきに話題を変えてしまわずにはいられない。ワークショップは、いわば時間の流れの中に浮かぶ孤島のようなものだ。そこでは一切の邪魔や雑事から離れ、仲間とともに、現実に対する深い反応を時間をかけて徹底的に探ってゆく。またグループで取り組むことは、対象に焦点を合わせ続ける助けとなる。
グループワークはサポートを提供する。
大破綻に向き合う中で呼び起こされた自然な感情は、一人で扱うには苛酷だ。この時、ワークショップは楽園あるいは実験室のような役割を果たす。この場において、私たちの感情的な反応は、他の人とも広く共有されていることに気づく。普段の生活では得難いコミュニティの感覚もここから得られる。
ワークショップは安全を提供する。
グループワークでは、普段とは異なる振る舞い方を練習する。反論 や解決策をひねり出すことに飛びつかず、この惑星時間を思う時に生まれる深い感情に互いの耳を徹底的に傾け合ってゆくのだ。ここでは、誰かを守りながら恐れを表現する必要もなければ、夢を語るのに説明 する必要もない。
ワークショップは真実を語る場を提供する。
私たちが使うプラクティスは、世界に起こっている出来事 について、自分がどう感じ、どう理解し、何を目にしているのかについて、説明や自己弁護の必要なく真 実を語ることを可能にする。それらは、私たちによって言葉にされ、私たちによって聞かれるべき世界の声なのだ。
グループワークは相乗効果(シナジー)を生み出す。
いかに短時間であったとしても、グループの活力の中から生み出されたものは、予期せぬ形でその創造性を発揮する。互いの交流を通じて、どのグループからもそれぞれにユニークなつながりが育くまれてゆく。生命が本来持っている協働的性質が、グループが生み出す相乗効果によって鮮やかに浮かび上がってくるのだ。
グループワークはコミュニティを生み出す。
ワークショップは、継続的な関係性の構築や協働プロジェ クトを生み出す機会を提供する。参加者たちの多くが、相互サポートや協働を目的として、ワークショップ後も連絡を取り合っている。また、たとえ互いに二度と会うことはないとしても、その後の他者との出 会いの中で、これまでとは異なる誠実さと寛容さが自分自身の内側にあるのが感じられる。ワークショッ プで培われたコミュニティの感覚は、私たちの日常生活へと受け継がれてゆく。
グループでの協働作業によってシステムの特徴が体験的に証明される。
参加者たちはグループとしてまとまりを持ちはじめる一方で、それぞれの個性も一層際立ってくる。こうして、集団としてのまとまりと柔軟性の双方を育む環境が生まれる。
ファシリテーターの役割
では次は、どうファシリテートするかだ。案内役としての私たちの責任とは何だろうか? 突き詰めて言えば、私たちの役割とは、参加者が自分の内側にある世界の痛みに気づき、すべての生きとし生けるものとの相互のつながりを理解し、大転換を起こすために必要な力を再発見してゆくための一連の過程を提供することだ。
“そのための具体的な作業とは…… ー 第5章:P.134-137より
第11章 子どもや10代の若者たちとのつながりを取り戻すワーク
多くの大人たち、とくに親や教師は苦しいほどのジレンマを抱えている。子どもたちはいずれ、その生存中に大破綻の苦しみを背負うことになると知りながら、どうやってそれについて彼らと話せばいいのだかくまろうか。私たちは、厳しい現実から子どもたちを匿いたいという思いと、この先の苦難に備えて彼らに十分な準備をさせたいという思いの板挟みになっている。
自分の子どもたちに何て言ったらいいのでしょう? 私は彼らが安全に、幸せに生きることを願っているんです。どういうわけか、罪悪感を感じます──こんな世界を彼らに引き渡さなければならないということへの罪悪感、そして、これについては私は自分が知っていることや感じていることをごまかしているということへの罪悪感です。
彼ら自身には手も足も出ないような物事への恐怖心をかき立てて、子ども時代を台無しにしてほしくないんです。でも、思うんです……私が守っているのは彼らなんでしょうか? それとも自分自身なのでしょうか?
私たちは何としても子どもたち(それに自分自身も)を守りたいと思うがゆえに、世界の痛みにも、痛みの 原因となる生命の織り物への脅威に対しても、だんまりを決め込む。しかし、子どもたちは、このいや増 す危機に全く気づいていないのだろうか? 彼らは本当に何も知らないのだろうか?
キャサリン・ルードはこの板挟みの状況についてこう語っている。
私自身は中学・高校時代からすでに環境活動をしていましたが、今の自分は、地球温暖化、福島、絶滅、人口過剰、遺伝子組換えといった問題から、甥や姪たちを匿(かく)まいたいと心のどこかで思っています。こんな恐ろしい物語を彼らの子ども時代に入れ込みたくないのです。こんなにめちゃくちゃな世界を彼らが引き継がなければならないのかと思うと、怒りに震えます(もちろんそこには 創造的で、英雄的で、奇跡のような協働の機会が溢れるほど満ちているのだと分かってはいますが)。自分たちが生きる世界に積極的に関与することが、どれほど大切かは分かっています。それなのに私は、この小さく尊い生命たちがその心を痛めないよう、彼らを世界から遮断してしまいたいとも思っているのです。だいたい彼ら自身、自分の人生を生きるだけで精一杯なのに、どうやってこんな環境やら社会やらのクズみたいな問題に対処してゆけるというのでしょう。私は自分自身のこうした反応を観察し、そこから学ぼうとしています。それは、愛する者を守りたいがゆえに、痛みから目を逸らしてしまう人たちへの共感を教えてくれるのです。
子どもたちは何を知っていて、どう感じているのか?
子どもやカップルを対象に「つながりを取り戻すワーク」を行っているファシリテーターたちからの報 告や、近年の研究によると、子どもたちはどうやら大人が考えている以上に世界に起こっている出来事について知っているようだ。それだけではなく、子どもたちはしばしば、それらの出来事に対して強い感情 を抱いてもいる。彼らは、例えば気候変動について洗いざらい知っているわけではないが、何やら気候変 動と呼ばれるものについて大人たちが心配しているということは知っている。周囲の大人たちを動揺させ ているものが何なのかは分からなくとも、大人たちが感じている怒り、恐れ、悲しみといった感情には気づいているのだ。 ……
ー 第11章:P.360-362より
第12章 大転換のための瞑想集
“愛と慈しみの瞑想(全文)
目を閉じて身体を緩め、呼吸とともに緊張を吐き出してゆきます。いつも通りの呼吸を続け、心と身体を落ち着かせてゆきます。息が出たり、入ったりするのを静かに観察しながら、あたまに浮かぶ様々な思考を手放してゆきます……
では、あなたが心から愛する人を一人、思い浮かべてください……心の目で大切なその人の顔を見つめます……心の中でその人の名をつぶやいてください……あなたからその人へと、愛のエネルギーが流れ出しているのを感じてください……この人が恐怖から解放されることをどれほどあなたが願っているか、この人が欲や悪意、混乱、悲しみ、苦しみを生み出すすべてのものから自由であることをどれほど強くあなたが望んでいるかを、感じとってください……その強い願いが、愛と慈しみなのです……
温かな流れが心臓から流れ出ているのを感じ続けてください。毎日接する人たち、ともに働く人たちを思い浮かべ、彼らの姿を心の目で見ます。家族、親しい友人たち、同僚……あなたの周りに彼らの存在を感じてください。その一人ひとりを順に見つめ、心の中で彼らの名前をつぶやいてください……彼ら一人ひとりにも、愛と慈しみの流れを出し惜しみなく順に向けてゆきます……中には、一緒に居ると居心地の悪い人や、あなたと対立している人もいるかもしれません。そういう人たちに対しては、なお一層、彼らが恐怖、憎しみ、欲、無知、苦しみを生み出すすべてのものから自由であるように強く願います……
ではもう少し輪を広げ、あなたの親戚や知人を思い浮かべましょう……彼らの顔を一人ひとり 思い浮かべ、そこに愛と慈しみの流れを向けてゆきます。ここでもまた、彼らが欲、恐怖、憎しみ、混乱から自由であるようにと願います。すべての人が幸せでありますように……
彼らの向こう、より遠くへと輪をひろげてゆきましょう。そこには今、あなたとともにこの惑 星で生きているすべての存在があります。まだ出会ったことはなくとも、思いもよらない結びつ きで、あなたと彼らの生命はつながっています。彼らに対しても同様に、愛と慈しみの力強い流 れを差し向けてください。生きとし生けるあらゆる存在が憎悪、欲、混乱から目覚め、苦しみか ら解放されるようにというあなたの願いと意図を感じてください。
古い仏教の瞑想では、この愛と慈しみをすべての餓鬼、成仏できずに苦しみの中を彷徨(さまよ)う魂、 今なお恐怖と混乱に取り付かれている魂へも向けてゆきます。どうか彼らが安らぎを得られますように……どうか彼らが愛と慈しみのうちに安らぎ、その心に深い平安が訪れますように……
では想像力を使って、この惑星を超えてゆきましょう。宇宙、他の太陽系、他の銀河系、仏た ちが住むここ以外の場所へと。愛と慈しみの流れは物理的な距離には左右されません。ですから 今、この流れを光線として、すべての存在の中心に向けて放ちます……あらゆる場所のすべての 生きとし生けるものに対して、恐怖、欲、憎しみ、混乱から自由であってほしいという私たちの 切なる願いを向けてゆきます……あらゆる存在が幸せでありますように……
では今度はその宇宙空間から、我が家である私たちの星へと目を向けましょう……それが、真っ暗な空間に浮かんでいるのを見てください。まるで太陽の光を照り返す宝石のようです…… レースのような白い渦で飾られた碧(あお)く輝く生きた惑星、それがあなたの源(みなもと)、あなたがこれまでに出会い、大切にしてきたすべてのものを生み出した場所です……この星が、この時代のいや増す危機と数々の傷を生き抜いていけるよう、どれほど強くあなたが願っているかを感じてください。癒しのための愛と祈りを、力強い流れとしてこの星へと差し向けてください……
では、ゆっくりとこの惑星に近づいてゆきましょう。どんどん、どんどん近づいて、私たちが今いる地域、この場所まで……ここまで辿り着いたら、そこに存在するすべてのものの中でも、あなたが最もよく知っている存在を見つめます……この惑星で生きるために、あなたに与えられた人間の姿を……この人が、愛を必要とし、正しいことをなしたいと強く願っていることをあなたは知っています……その顔、あなた自身の顔を、心に思い浮かべてください……愛を込めてその名を呼んでください……ここにも同様に愛と慈しみの力強い流れを向けつつ、生命あるこの存在が、恐怖から解放され、欲、憎しみ、無知、混乱、苦しみを生み出すすべてのものから自由であることを心から願います……あなたとすべての生きとし生けるものとを結びつけてきた愛と慈しみの大きな流れが、今、あなた自身へと差し向けられています……その無窮(むきゅう)の豊かさに気づいてください。
ー 第12章:p.412-415より
環境哲学者、活動家、仏教およびシステム理論学者。50 年にわたる市民権運動、グローバル・ジャスティス、エコロジー運動の活動において、国際的リーダーとして敬意を集める。本書に加え、自らの半生を綴った『Widening Circles: A Memoir(ワイドニング・サークル:回想録)』(未邦訳)、ライナー・マリア・リルケの詩集翻訳など、著作多数。また2 枚組のDVD『The Work That Reconnects』には、彼女がファシリテートするワークショップでのグループワークの様子が収録されている。自身の子どもたちや孫たちとともにカリフォルニア州バークレー在住。
〔新版〕『カミング・バック・トゥ・ライフ ― 生命への回帰』
~つながりを取り戻すワークの手引き~
Coming Back To Life
The Updated Guide To The Work That Reconnects
Written by Joanna Macy & Molly Young Brown
Translated by Yuka Saito
ジョアンナ・メイシー、モリー・ヤング・ブラウン 著
齊藤由香 訳
日本能率協会マネジメントセンター/2021年7月10日刊行
3,850円(税込)
全国書店・オンライン書店にて発売中